ぱちくん、ありがとう。。

2016-03-02

ぱちくんは、すでに本能で生きていました。
食べてトイレして基本寝ていて。
独り寝は寂しいからママをわんわん呼んで。


高齢になるとそれも当然と思っていたけど、それって
生きることに精一杯ってことだね。

今となって実感しました。

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mikoさんから弔いのお花を頂きました。
ぱちくん、よかったね。
ありがとうございました。



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寂しいよ、ぱちくん。

まだ時折呼んでいる声が聞こえるようだよ。
亡骸をみていると寝息がきこえるようだよ。

私がトイレに居てもシャワーしていても呼ぶぱちくんの声は大変だった(笑)

でも、聞こえないのは寂しいよ。


盲目になったぱちくんはもうひとりにできる状態ではなかったので、
私だけではお世話が無理でした。
母の協力があったからこそぱちくんは生き切ることができたんです。

ぱちくん、
お母さんには私とぱちくんの感謝の気持ちを伝えたよ。
美味しいものも渡したから、食べながら弔ってもらおう。

お母さんは、家族だからって言ってたよ。
最後まで
トイレを教えることでできて、立てたあんたはスゴイ犬だって誉めてたよ。


3月1日、荼毘にふしました。

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きっとぱちくんはわかっていたと思うけど、
ちわわ~ずでもぱーちゃんでもなく、ぱちくんが私にとっての運命の子なんだよ。

たんにウマがあったという言葉で片付けてしまっていいのか!?
考えても答えは出なそうだけど

ぱちくんは不器用で一生懸命だった。
空気を読むとか目で訴えるとかできない子だったね。
そういう環境にいなかったからね。

2年位一緒に居てやっと甘えられるようになったよね。

わたしのことはママだと認識していた。
(ゆうさんのことは全く認識せず、お母さんには慣れてきていました)

だからなのかな?
最後まで可愛くて可愛くて仕方がなかった。

ぱちくんが起きたら、
「ぱちくん、今日もかわいいね~」
って口癖のように言ってた。

書いてみたら超がつくお馬鹿だ。



出会った時からおじいちゃんだったから
こんなに長く一緒に居れるとは思わなった。

多分、18歳と4カ月。


もう駄目だと思う度、乗り越えてきたね。
そのたび、覚悟した。


フードを全く食べなくなった時、
幸太くんにやられちゃった時、
失明した時、
もっといっぱいあったか。。。

ここ1年くらい主食にしていたのは人間用柔らか耳なしパンだもんね。


それが日常だったからあまり気にしなかったけど寝たきりだった。
昼も夜も2、3時間おきにはなんやかんやとわんわんしてた。

最後までトイレを教えてくれて、
立ってトイレできて、
寝返りも打てて立派だったよ。

目が見えないハズなのに放っておくと自力で部屋に戻れたり。

最後まで光はわかっていたよね。


絶対に忘れることなんてないのに、2月29日に亡くなるなんて。
信用ないなぁ。
ままのこと、わかってるね。


20160301-2


ありがとう。
長い間一緒に居てくれて。

今はまだ、寂しいの方が強いけど時間が解決してくれる。

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